第3章 東京都における障害者就労支援政策の確立と展開

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第1節 「共同作業所」の誕生とその展開
 1975年11月6日の対話集会のあいさつの中で、志賀副知事は次のように述べている。少し長くなるが、東京都の政策展開の方向性を示す興味深い発言なので、段落ごと引用したい。
「次は社会福祉行政、とりわけ心身障害者の福祉行政について見ますと、今日では単に施設に入所されている方々の福祉にとどまらない、在室の障害者を含めた地域社会への広がりという観点から持った福祉、つまり、コミュニティ・ケアを発展しなければならないと考えております。その意味において、都といたしましては在宅対策を最優先として各種の施設を充実していかなくてはならないと考えております。ことに障害児の全員就学に伴い卒業後の進路の問題が非常に重要な課題となっているわけであります。また障害児が一般企業に就職することが困難な状況となっており、結果的には在宅のまま社会的、地域的に孤立してしまう例が多く見受けられます。このようなことからも福祉作業所等の改善によって就労の場の確保が従来以上に重要になってまいると考えておりますが、すでに地域の中で障害の重い方々が自主的に運営おられます作業所も存在しております。都ではこれらの点に着目して、50年度から新たに運営費を補助しておりますが、地域に密着した作業所等の充実のために、明年度に向け運営費の増額を図るように努力してまいりたいと思っております。」(1)
 この発言により、在宅対策を最優先とする政策の方向性が示されている。さらに、障害児の卒業後の問題、特に就労の場の確保について、福祉作業所(2)等の改善に止どまらず、地域の中の作業所(3)に着目していることを明らかにしている。この時点で、都は地域の中の作業所に対する行政ニーズを明確に認識していたことになる。

 1977年結成の共同作業所全国連絡会(以下、「共作連」)によれば、共同作業所の第一号は名古屋市の「ゆたか共同作業所」で1969年3月に誕生し、次いで1972年に第二号の「みのり共同作業所」が誕生した。1974年から1976年にかけてこの経験が全国に普及し、東京では、1974年6月の「あさやけ共同作業所」に続き、「のびのび共同作業所」、「千川共同作業所」が相次いで誕生したとしている。また、精神障害者を対象とする第一号の共同作業所は東京の「あさやけ第二共同作業所」である。(4)
 ゆたか共同作業所の設立は、その前身である「名古屋グッドウィル工場」の親会社の倒産を契機に、そこで働いていた知的障害者の就労を継続するためであった。(5)
 これらの共同作業所の誕生の時代背景には、高度経済成長経済政策への矛盾が1960年代後半から露呈し始めたことと、その影響もあって「住民の生活と福祉を守る」ことをスローガンにした革新自治体が東京都を含む大都市圏で誕生したことが挙げられる。この革新自治体は、公害反対運動、保育所増設運動、そして共同作業所の設立の動きなどの市民運動に好意的な姿勢を採った。本章冒頭で挙げた東京都副知事の発言はその典型である。
 また、1952年の「知的障害者育成会」や1965年の「全国心身障害児(者)父母の会協議会」の結成に加え、「障害者の生活と権利を守る全国連絡協議会」などの当事者参加型のナショナル・レヴェルの組織が成立した。これにより、障害者運動が社会的に認知され、転換点を迎えたのもこの時期である。その結果、障害者の「権利保障」と「発達保障」が主張され、そのような中で共同作業所の運動は、その実践と位置付けられて展開されたのだった。
 共同作業所のナショナル・レヴェルの組織として、1977年8月に結成された共作連である(6)。共作連の活動として注目したいのは、『小規模障害者作業所等関係地方自治体補助金制度一覧・要綱集61年度版』(1986年)、『小規模障害者作業所全国名簿』(1988年)など全国の補助金制度や活動状況を共有化したことである。また、1988年11月の「小規模作業所に関する政策提言」などの政策提言活動も行っている。

第2節 小規模作業所支援施策の開始とその展開
 さて、話を東京に戻して、小規模作業所支援施策の開始について述べたい。
 東京都による小規模作業所支援のための補助金事業は、次の4種類の要綱に基づいて実施されている。1967年度から開始した「知的障害者に対する授産指導費補助要綱」(旧「精神薄弱者に対する授産指導費補助要綱」)は、知的障害者を対象としたものである。1979年度開始の「東京都心身障害児(者)通所訓練事業実施要綱」及び1983年度開始の「東京都心身障害者通所授産事業実施要綱」は、身体障害者に加え知的障害者も対象にしている。1981年度開始の「東京都精神障害者共同作業所通所訓練事業運営費等補助金交付要綱」は精神障害者を対象とするもので、当初、衛生局が所管していたが、2001年4月の精神障害者就労支援事業の福祉局への移管に伴い所管替えとなった。
 「知的障害者に対する授産指導費補助要綱」に基づく施策展開について、次に考察していく。

 名古屋のゆたか共同作業所の設立に先立つ、1966年12月、東京都は「精神薄弱者に対する授産指導費補助要綱」を定めた。これにより、東京都知的障害者育成会(以下、「東京都親の会」)が中心になって、同年に都立心身障害者福祉作業所が始めて設置されたことに刺激された民間の認可外作業所が補助金の申請を行い、翌年補助が認められた(7)。ただ当時は、東京都親の会は社団法人であったために、社会福祉法人全日本育成会を通じて、東京都親の会に交付された。1972年に東京都育成会が社会福祉法人の法人格を得て、補助金を直接交付されるようになり、東京都育成会参加の白百合学園(立川市)、若竹福祉作業所(江東区)、東村山親の会作業所(東村山市)、ミチル会作業所、町田作業所(町田市)、北区親の会作業所(北区)の6か所の親の会作業所が「民営授産グループ」として発足した。東京都において知的障害者小規模作業所が、市町村ではなく親の会を通じて補助を受けていた(8)は、このような経過のためである。
 この民営授産グループの作業所の運営の特徴は、次の三点である。
 第一は、運営主体は親の会であり、地区親の会が運営をする。
 第二は、東京都親の会は、各々作業所の常勤指導員、非常勤職員を派遣する派遣事業に対して、東京都から直接補助金を受けていた。
 第三は、作業所の指導員(主任)や所長は、障害児(者)を持つ親であることを原則とする。
 民営授産グループの作業所は、1982年には36か所、1997年には100か所に飛躍的に増加し、1999年現在、104か所が運営されている。発足当初は、民営授産グループは法内施設の不足を補うものと考えられてきた(7)。しかし、1979年の養護学校義務制実施を経て、養護学校卒業後の受け皿として、民営授産グループは参加の作業所を大きく数を増やしてきた。当初の補助金は、1か所あたり665,000円で職員の人件費に当てられたが、1979年からは作業所規模に応じたランクによる補助額となり、1982年には開設準備資金、1984年には利用者の交通費支給(実費)、1985年には健康管理費、1986年には行事費、1987年には賠償保険加入費、1988年には受注開拓費が補助対象に加わり、1989年には利用者の障害の程度による重度加算が行われるようになった。1991年の1か所あたりの補助額は、利用者11名以上のBランクで1000万円、利用者8〜10名程度のAランクで620万円を基準とするようになった。(8)

 次に、「もぐらの家」に対する江戸川区の独自の支援について触れたい。(9)
 「もぐらの家」は、都立江戸川養護学校の卒業生が自主的に集まり、養護学校の技術室で作業を行ったことから始まる。養護学校の設備を用いた活動は一時的であったので、独立した作業所の必要性が高まって、卒業生の父母から土地を3年間、無償貸与してもらえるようになった。その土地にプレハブの作業所を建設し、ゆたか作業所の設立と同じ1969年7月26日、「もぐらの家」が開所し、住み込み4名、通所3名で作業を行った。
 土地の貸与期限が切れる1972年7月、江戸川区は財団法人化したもぐらの家に土地・建築資金提供決定し、さらに1974年2月には年間60万円の補助が決定した。
 その後、区独自の援助に加えて、都の支援も受けて認可外作業所として運営されたが、1995年、身体障害者福祉法に基づく身体障害者授産施設に移行している。

第3節 民営授産グループに対する補助主体の変更
 1994年、東京都親の会参加の小規模作業所に対する補助主体が変更され、「精神薄弱者に対する授産指導費補助要綱」の見直しが行われた。東京都が東京都親の会に対して補助金を交付していたのを、補助主体を東京都から市区町村に変更された(10)。これにより、東京都は市区町村に補助額を交付した上で、市区町村が各作業所に補助金を直接交付することになった。さらに補助基準をランク制から単価制に切り換えた(11)。
 東京都親の会は、この制度改正について次のように制度改正の影響を述べている。
「小規模作業所への補助が区市町村に移行したことで、区市町の財政事情で補助金の格差が大きくなってきました。1人の単価に変わりありませんが、人件費補助・家賃助成等に顕著に現れています。」(12)

第4節 小括
 以上、小規模作業所の補助施策を中心に、東京都が障害者就労支援政策を確立し、展開してきたかを考察してきた。
 国による障害者雇用促進政策から漏れ、しかも国や東京都による授産施策では、行政需要を満たせない障害者たちに対し、東京都の対応は今まで見てきた通り、多種多様であった。行政需要の認定も常に変動しており、打ち出される施策はアドホックとならざるをえない。

 最後に、東京都の障害者就労支援システム懇談会による2000年2月の答申から、小規模作業所等の課題を引用しておく。東京都が現在認定している行政需要の一端を示すものとして挙げる。
「こうした授産施設や作業所には一般就労が可能な者も潜在しており、施設職員等には、本人の自立を支援する観点から、一般就労に移行するための支援の担い手としての役割が期待される。(中略)このような支援によって一般就労に移行できた者の満足度の面でも、また、利用者が循環することで、施設等の利用を希望している者のために施設等をどんどん増設していく必要がなくなっていくといったコストの面でも、この就労支援サービスの意義は大きい。」(13)


第3章 注
(1) 東京都都民生活局参加推進部発行後掲書p4。
(2) ここで言う「福祉作業所」とは、これから取り上げる小規模作業所のことではない。都独自の障害者対策として展開されている「東京都心身障害者福祉作業所」のことである。「東京都心身障害者福祉作業所」は、1966年4月、東京都心身障害者福祉作業所条例に基づいて、従来からあった授産場(社会福祉事業法に基づく第一種社会福祉事業)の一部を転換し発足した。「身体障害者(児)又は精神薄弱者(児)で、就職の困難な者に設備を提供して仕事を与えることにより、その自立を助長することを目的」として発足したものであり、東京都内に在住する15歳以上の心身障害者で自宅から通所できる者を対象にする。第1号は文京区大塚に設置されており、初年度は3か所定員100名であったが、年々増設を行い、この年度には21か所に定員1195名となっていた。2003年4月現在では、31か所、定員1465名。なお、区部の16か所については1980年3月に特別区に事務を移管している。(東京都社会福祉協議会精薄福祉部会調査研究部後掲書p79・東京都後掲書[2003]p118)
(3) ここで本稿で取り上げる「小規模作業所」について定義しておきたい。「小規模作業所」とは、国の制度に基づかない、いわゆる認可外(無認可)の障害者施設として、青年期障害者を主たる対象に、労働、訓練、生きがい的な活動、社会参加活動などを展開している施設とする。運営主体は、社会福祉法人に限られず、人格なき社団(運営委員会等)や個人である場合もあり得る。これらの小規模作業所は、主に地方自治体の補助金で運営されている。都の場合、補助要項により「小規模通所訓練施設」等の呼ばれ方もされるが、特にことわりがない限り、これも含まれるものとする。全国社会福祉協議会全国社会就労センター協議会後掲書p27によれば、全国の地方自治体の補助金の件数で5850か所を数え、法定授産施設の約3倍の件数にのぼる。「共同作業所」、「地域作業所」などの名称で呼ばれることもある。
(4) 共同作業所全国連絡会後掲書[1987]p24。
(5) 清水・秦後掲書p76以下。その後、1972年2月に法人格を得て、定員20名の「社会福祉法人ゆたか福祉会、精神薄弱者授産施設」に移行している。
(6) 共作連結成の経過については、共同作業所全国連絡会後掲書[1987]p230以下参照。
(7) 東京都知的障害者育成会後掲書p6。
(8) 1994年度制度変更(後述)。
(9) 小久保後掲書。
(10) 福祉の分権化の流れにはマッチしている。また、それ以外の小規模作業所の支援制度は、市町村を補助主体とする単価制を採用している。なお、区部については、財政調整制度への組み入れが2000年度までに行われた。
(11) Aランク施設には利用者1人あたり月額99,393円、Bランク施設には利用者1人あたり月額91,078円。精神障害は常に症状に変動があることから、常に施設が定員を満たしていることは困難に近く、経営が不安定化する恐れがある。
(12) 東京都知的障害者育成会後掲書p8。
(13) 東京都障害者就労支援システム懇談会後掲答申p9。なお、同報告書は、障害者の就労面と生活面を一体的支援を行う拠点づくりと地域のネットワークづくりを目的とする「区市町村障害者就労支援事業」の創設を提言し、2004年度より一部事業が実施開始を予定している。



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